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最終更新日2016/04/22

おすすめデートスポット紹介!!山梨県清里高原 清泉寮 萌え木の村

こんにちは。先週山梨県の清里に遊びに行って来ました。紅葉にはまだ少し早かったですが
乾いた空気の中に広がるフィールドはとても気持ちよかったです。僕が2日間見て回って、
気になったものを紹介します。お正月のドライブコースに最適ですよ。でもスタットレスタイヤは
必須ですよ。

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清里高原

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清里高原は標高1200m,八ヶ岳の南側に広がる高原地帯でポスト軽井沢と呼ばれ、夏の避暑地
として有名ですが、秋から冬にかけての紅葉もとても奇麗です。ブナや白樺の木はとても背が
高く、自然はダイナミックです。ここから見る八ヶ岳は本当に美しく、一見の価値があります。
冬にはスキーやスノーボードも楽しめるマルチな高原リゾートだと思います。
東京から電車で2時間30分、車で3時間というアクセスも魅力です。
詳細はこちら

 

清泉寮 ポールラッシュ記念館

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僕が見た中で最も興味を引かれたのはこれでした ポールラッシュ記念館。
清泉寮の敷地の奥まったところにありました。 とても静かで気持ちのいい場所でした。
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記念館の奥には生前ポールラッシュ博士が暮らした家がそのまま残っています。
ここがおすすめです!

木のぬくもりを感じました。清里の自然を愛した博士の人柄が伝わってきます。
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ポールラッシュ博士とは一体誰なのか?清里とどんな関係なのか?
気になったので僕なりに調べてみました。

 

ポールラッシュ博士とは?

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1897年インディアナ州生まれの米国人。商業学校を卒業後鉄道会社に就職。その後
石油会社に転職するも、第一次世界大戦が始まると出征を志願。戦争終結後、帰国し
ルイビルでボヘミアンスタイルの
芸術村作りに参加。
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その後ホテル支配人を目指しニューヨークへ、そこで国際YMCA(キリスト教青年会)の
要請で関東大震災で破壊された東京と横浜のYMCA会館再建の為に初来日を果たす。
(1925年)この時の心境をポールラッシュは後の手記でこう語っています。
私は猛烈に旅がしたかった!日本の事は全く知らなかったが冒険には格好の場所に思えた
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YMCA再建の任期を終え、帰国しようとしたポールに、立教大学ジョン マキシム主教から
1年の任期で経済学講師の依頼を受ける。1年だけの約束でポールはこの依頼を受けた。

1926年(昭和1年)立教大学着任。「若者達の国境を超えた交流こそ平和を築く」と
立教大学野球部の米国遠征を成功させ、アメリカンフットボールを初めて日本に紹介する
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その後一時帰国するが昭和6年に再び来日しBSA(米国聖アンデレ同胞会)日本支部を設立。
この頃ポールは日本に人生を捧げる覚悟を決める。ポールラッシュ31歳
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昭和8年からポールはBSA指導者訓練キャンプ(民主主義市民としてのリーダーシップの
訓練場)を始める。当初は静岡県御殿場市の東山荘や山梨県の山中湖で行われていたが参加
人数が増えるにつれて手狭になりいつでも自由に使えるキャンプ施設が必要になっていった

日本のシンボル富士山の見える所でなければだめだ!」というポールの希望により第一
候補に上がったのは本栖湖の西側。しかしこの地域は「特別影勝保護地区」という事で
許可が下りなかった。

失意のポールに清里を紹介したのは、山梨県庁近くの旅館談露館の当主中沢三鶴平だった。
「八ヶ岳の麓に水が綺麗で富士山がよく見えるキャンプ場向きの場所がある」と。
美し森の展望台からの壮大な景観を一目で気に入ったポールは清里をキャンプ地に
決定した。これがポールラッシュ博士と清里の初めての出会いでした。
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その後太平洋戦争勃発で強制帰国させられてしまうが、戦後GHQの一員として再び日本の
地を踏む事になった。そして今度は深刻な食糧難に苦しむ日本の農村の復興モデルを作る
為に1948年(昭和23年)に「清里農村センター」建設に着手しました。

その後、施設組織の発展に伴い1952年(昭和27年)にKEEP(kiyosato education
emperiment project )を発足します。
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何もなかった村に診療所を作り、保育園を建て、図書館を作り、ジャージー牛
アメリカから輸入し、耕作の為のトラクターを輸入しました。これらすべての資金は
ポール自らが人脈を駆使し、アメリカで募金活動を行い、1万通以上の手紙を書いて集めた
寄付金で賄われました。

一人の冒険好きのアメリカ青年が関東大震災をきっかけに来日し、そこで信仰と奉仕の
精神に目覚め、清里の発展のみならず日本全国の農村の発展の為にその後の人生すべてを
賭けたのです。

大雑把にまとめるとこんな感じです。正直言って驚きました。こんなアメリカ人がいた事
を僕は今まで知りませんでした。

閉鎖的な日本の農村での活動は楽では無かったはずです。アメリカ人のフロンティア精神
には脱帽です。

ポールラッシュ博士は単なる理想家ではなく、寄付金集めから組織の運営などの経営の
プロフェッショナルでもありました。まさに偉人ですね。久しぶりに感動しました。

 

※ポールラッシュ博士の功績は多岐に渡ります。ここには書ききれませんのでもっと
詳しく知りたい方はこちらからどうぞ!

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萌木の村

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国道141号線沿いにあるショッピングセンターです。僕が行った日は「私のカントリー」
というお祭りが行われていました。三角屋根のかわいい建物が並び、歩いているだけで楽しい
気持ちになりました。雪が降ったら素敵ですね。丘の上にはメリーゴーランドもあります。

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たくさんのショップがありましたが、僕が一番気になったのは、「メイフェア」という
ショップでした。
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1階から3階まである店内は吹き抜けで開放感があります。売っているものも食品から
時計、靴、バッグ、アクセサリー、テディベアと多彩です。
僕が気になったのは2階にあった靴がかっこよかったですね。
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この日は、お祭のせいもあってか人でごった返していました。平日の昼間がおすすめです。

 

まとめ

今回の清里旅行では清里のルーツを知る事が出来ました。新しい発見でした。元々この
土地はBSA(米国聖アンデレ同胞会)によって開拓され人が住めるようになったんですね

ポールラッシュ博士が人生をかけて開拓した歴史ある日米友好の地、清里が単なる
商業都市になってしまわない事を祈ります。

キャンプと旅の日記 《まとめ》

 

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  1. 2015年 12月 31日

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